砂書きの老人

まだ私が八、九歳のころ京都の町々にいろいろな物売りや、もの乞いがやって来ていたが、その中に五十歳ぐらいのきたならしい爺さんが、絣木綿のぼろを纒って白の風変りな袴をつけ、皺くちゃな顔には半白の鬚など生やして門々を訪れてまわっていた。

別にものを売るのではない。ただ腰に砂を入れた袋をさげていて、その中に白黒黄藍赤など五色の彩色砂を貯えている。 門前に立っては、もの珍しげによりたかる私どもにむかって、 「それそれ鼻たれ、そっちゃへどけ、どけ……」 と一応怒鳴り廻してから、砂袋の中から五色の砂を取りまぜて握り出しては門の石だたみの上にそれをさっとはくように撒く。 さまざまな色と形が実に奇妙に、美しく、この哀れな老爺の汚ならしくよごれた右手のなかからつぎつぎと生命あるもののごとく形造られてゆく。 私ども鼻たれはこの驚異を前にそれこそ呆然と突ったって見惚れてしまっている。 花がびっくりするようにあざやかな色彩で描き出される。黒一色の書文字も素人放れがしている、と人々は語り合ってもみる。

「砂書きのオヤッサン!」
これは子供たちの待ち遠しい娯しみであった。 大人たちは一銭、二銭のほどこしものをしてやる義務を感じる。別に老人が乞うたわけではない、いわばこの「砂書き老人」の当然の報酬であったのだろう。

上村松園『砂書きの老人』(青空文庫)