星と柱を数えたら

あるところに、広い圃と、林と、花園と、それにたくさんな宝物を持っている人が住んでいました。この人は、もうだいぶの年寄りでありましたから、それらのものを、二人の息子たちに分けてやって、自分は隠居をしたいと思いました。

けれど、兄のほうも、弟のほうも、そろって怠け者でありました。兄のほうは、一日仕事もせずに、ぶらぶらと家の中で遊んでいました。そして、圃へ出て働いたり、外を歩いたりすることが大きらいでありました。

弟のほうは、兄とちがって、すこしも家におちついて勉強をするということがなかったのです。一日、外を遊びまわって、日が暮れると家を思い出して帰ってくるというふうでありました。しかし、圃へ出て働くということは、兄と同じように大きらいでありました。

二人の息子たちが、こんなふうに怠け者でありましたから、父親はほんとうに困ってしまいました。行く末のことなどが案じられて、どうかして、いい子供になってくれぬものかと、そればかり心に念じていました。

いくら、二人に向かって、「仕事をせよ。」といったり、また、「働けよ。」といっても、ぬかに釘でありました。

そのうちに、父親は、だんだん年をとって、ますます二人のことを考えると気になってならなかったのです。ある日のこと、ふと、父親は、なにか考えると、二人を自分の前に呼びました。兄と弟は、なにごとだろうと思って、父親の前にすわって、顔をながめました。
「私は、もうだいぶ年を老った。早く財産をおまえがたに分けてやって、隠居をしたいと思う。けれど、そのかわりおまえがたは、私のいいつけたことをしなければならない。」と、父親はいいました。 「お父さん、私たちのできることなら、なんでもいたします。むずかしいことでなければ。」と、兄と弟はいいました。

父親は、兄に向かって、
「おまえは、外を歩くことがきらいだから、夜になったら、空に出る星の数を数えてみれ。目に見えるのだけ、いくつあるか、当てたなら財産を分けてやる。」

父親は、弟に向かって、
「おまえは、毎日、出歩くことが好きだから、この村はずれから十里あちらの町に出るまで、電信柱の数が幾本あるか、かぞえてみれ。それを当てたら財産を分けてやる。」

こう、二人にいいました。兄と弟は、たがいにこんなことはぞうさもないことだと答えました。

弟は、すぐに出発しました。兄は、日の暮れるのを待って、外の木の下に腰をかけました。そして、よく晴れわたった夜の空を仰ぎました。青い、青い、奥底から、一つ、一つ星の光が輝きはじめて、いつのまにか大空は、まいたように星がいっぱいになったのです。

兄は、一つ、二つと数えました。しまいには、指が疲れ、目が疲れましたけれど、我慢をして、「財産がもらえるのだ。」と思って、かぞえました。すると、そのうちに雲が出てきて星の光を隠してしまいました。兄は、がっかりして、また明くる日の夜も、木の下にすわって数えました。今度は、だいぶかぞえたかと思う時分に風が出てきて、木の葉をさらさらと鳴らしたので、ふとその方に気を取られると、せっかく数えたのを忘れてしまいました。兄は、がっかりして、木の下に倒れて眠ってしまいました。朝になると、小鳥が木の枝に止まって、「もう夜が明けた。とっくに日が上った。」といって、笑っていました。

弟は、電信柱を一本ずつ数えてゆきました。はじめの間は広い街道を歩いてゆきますので、遊んでいるようでしたが、しまいには、田の中といわず、寂しい山の中といわず、とても歩いてゆけそうもないところに建っていまして、それを一つ一つ数えることは困難でありました。
「どうして、こんなところへ、だれが柱を建てたろう。」と、弟は、感心しながら、すごすごと家へ帰ってきました。すると、兄が、やはり星を数えることに絶望をして、ため息をもらしていました。二人は、父親の前に出ました。
「お父さん、目に見えることすら、こんなに知ることは困難なのです。これから心をあらためて勉強します。」といいました。こうして二人は、まことにいい息子たちとなりました。

『星と柱を数えたら』小川未明(青空文庫)