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去年の寒い冬のころから、今年の春にかけて、たった一ぴきしか金魚が生き残っていませんでした。その金魚は友だちもなく、親や、兄弟というものもなく、まったくの独りぼっちで、さびしそうに水盤の中を泳ぎまわっていました。

「兄さん、この金魚は、ほんとうに強い金魚ですこと。たった一つになっても、元気よく遊んでいますのね。」と、妹がいいました。

「ああ、金魚屋がきたら、五、六ぴき買って、入れてやろうね。」と、兄は答えました。

ある日のこと、あちらの横道を、金魚売りの通る呼び声が聞こえました。

「兄さん、金魚売りですよ。」と、妹は耳を立てながらいいました。

「金魚やい――金魚やい――。」

「早くいって、呼んでおいでよ。」と、兄はいいました。

妹は、急いで馳けてゆきました。やがて金魚屋がおけをかついでやってきました。そのとき、お母さんも、いちばん末の弟も、戸口まで出て金魚を見ました。そして、小さな金魚を五ひき買いました。

水盤の中に、五ひきの金魚を入れてやりますと、去年からいた金魚は、にわかににぎやかになったのでたいへんに喜んだように見えました。しかし、自分がその中でいちばん大きなものですから、王さまのごとく先頭に立って水の中を泳いでいました。後から、その子供のように、小さな五ひきの金魚が泳いでいたのです。これがため水盤の中までが明るくなったのであります。

『水盤の王さま』小川未明(青空文庫)

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